2025年の年末を彩るビッグイベント「M-1グランプリ2025」が、今年も日本中のお笑いファンを熱狂させました。
過去最多となる1万1521組という気の遠くなるようなエントリー数の中から、決勝の舞台に辿り着いたのは、まさに選ばれし精鋭たち。
激戦を制し、第21代王者の称号を手にしたのは、決勝初進出ながら圧倒的な存在感を放った「たくろう」でした。
しかし、放送終了後のSNSやネットニュースでは、その結果を巡って様々な意見が飛び交っています。
特に、ファーストラウンドで1位通過を果たした「エバース」が最終決戦で0票に終わったことや、審査員の山内健司氏(かまいたち)が唯一「ドンデコルテ」に票を投じたことなど、評価の分かれ目に注目が集まっています。
本記事では、2025年のM-1において、なぜこれほどまでに「票が割れた」と感じさせるドラマが生まれたのか。そして、最終的に勝敗を分かつことになった「たった1つのポイント」とは何だったのかを、お笑いファンの視点から考察していきます。
ファーストラウンド1位「エバース」と王者「たくろう」の決定的な違いとは?
2025年のM-1決勝において、まず多くの視聴者が驚いたのは、ファーストラウンド(1回戦)の結果と最終決戦の投票結果に生じた大きなギャップではないでしょうか。
ファーストラウンドでは、エバースが870点という驚異的な高得点を叩き出し、暫定1位で最終決戦へ駒を進めました。
彼らの漫才は「町田を車にする」という独創的な設定を軸に、無駄のない構成と鋭いワードセンスが光る、まさに正統派かつ高水準なものでした。
審査員の塙宣之氏(ナイツ)が「絵が見える漫才」と絶賛した通り、視聴者の脳内に鮮明な映像を想起させる技術力は、今大会でも随一だったと言えるでしょう。
一方、最終的に優勝を飾った「たくろう」は、ファーストラウンドでは861点で2位通過。技術力や構成の美しさという点では、エバースに一歩譲るという評価も見受けられました。
しかし、最終決戦の舞台で審査員たちの心を掴んだのは、たくろうが持つ「爆発力」と「人間味」でした。この両者の違いを分かりやすく比較表にまとめました。
| 比較項目 | エバース(1位通過) | たくろう(王者) |
|---|---|---|
| スタイル | 緻密に計算された正統派しゃべくり | キャラクターを活かした爆発型 |
| 評価の柱 | 構成の美しさ・ワードセンス | ライブ感・予測不能なボケ |
| 観客の反応 | 感心と納得が混じる笑い | 期待と驚きが混じる大爆笑 |
| 審査員の視点 | 加点方式での高評価(技術点) | 1番を決める投票での支持(印象点) |
エバースの漫才が「完璧に組み上げられた建築物」のような美しさを持っていたのに対し、たくろうの漫才は「予測不能なエネルギーの放出」に近い魅力がありました。
赤木裕さんの予測できない動きと、きむらバンドさんの絶妙な間隔のツッコミが、会場の空気を自分たちの色に一瞬で塗り替えてしまったのです。
この両者の違いは、審査員が「漫才としての完成度」を重視するか、それとも「その日一番の熱量と笑いの量」を重視するかという、究極の選択を迫られる結果となりました。
ファーストラウンドでは加点方式の採点だったため、ミスがなく高いレベルを維持したエバースに軍配が上がりましたが、最終決戦という「一番面白かった1組を選ぶ」投票形式では、たくろうの持つ圧倒的な「今、この瞬間しか見られない爆発力」が優先されたのだと考えられます。
技術で圧倒したエバースに対し、キャラクターの魅力とライブ感で会場を飲み込んだたくろう。この対比こそが、2025年の大会を象徴する最初の分岐点となりました。
勝敗を分けた「たった1つのポイント」は「観客を味方にする物語性」
M-1の舞台において、技術やネタの質が拮抗した時、最後に勝負を決めるのは一体何なのか。2025年の大会を詳細に分析すると、そこには「物語性(ナラティブ)」というキーワードが浮かび上がってきます。
たくろうの優勝を決定づけた「たった1つのポイント」を挙げるならば、それは「自分たちのキャラクターを、会場全体が応援したくなる物語として提示できたかどうか」にあると私は考えています。
たくろうの二人がステージに立った瞬間、会場には何とも言えない「異質感」と「期待感」が混じり合った空気が流れました。
特に赤木さんの、どこか自信なさげでありながら狂気を孕んだキャラクターは、初見の視聴者であっても一瞬で「この人は次に何を言い出すのだろう」という興味を抱かせます。たくろうがなぜ「物語性」で勝ったのか、その要素を整理してみます。
- 「不器用な人間」というキャラクター設定の説得力
- M-1決勝という大舞台で見せる、必死さと情熱のギャップ
- 観客が「次に何が起きるか」をワクワクして待つ空気の醸成
- コンビ間の信頼関係が透けて見えるような、息の合った掛け合い
一方で、エバースや3位のドンデコルテも、ネタの強度としては決して劣っていませんでした。
しかし、彼らの漫才はどこか「プロフェッショナルな完璧な仕事」という印象が強く、観客との距離感が一定に保たれていたようにも感じます。
現代のM-1は、単なるネタ見せの場ではなく、芸人の人生が投影されるドキュメンタリーとしての側面が年々強まっています。審査員たちは、単に「誰が一番上手かったか」を見ているのではなく、「誰がこの大会を一番象徴しているか」「誰にこの先の未来を託したいか」という視点も含めて投票しているのではないでしょうか。
たくろうが見せた、自らの弱みや個性をさらけ出し、それを圧倒的な笑いに昇華させるスタイルは、2025年の審査員たちの琴線に触れました。技術を超えた先にある「人間としての面白さ」を提示できたこと。
これこそが、僅差の戦いを制し、最終的に多くの支持を集めるに至った最大の要因だと言えます。観客と審査員を自分たちの物語に引き込み、会場を「味方」に変える力。それが、たくろうを王座へと押し上げたのです。
山内健司氏の「ドンデコルテへの1票」が示した多様な評価軸
今大会のもう一つの大きなトピックは、最終決戦の投票において、かまいたちの山内健司氏が唯一「ドンデコルテ」に票を投じたことです。
たくろうが8票、ドンデコルテが1票、エバースが0票という結果でしたが(※他審査員含め計9名の場合)、この山内氏の1票は、単なる「好みの違い」以上の意味を内包しているように感じます。
ドンデコルテは、政治や社会問題などのブラックな要素を巧みに取り入れた、知性溢れる漫才を披露しました。

山内氏が彼らに票を投じた背景には、以下のような評価軸があったと推察されます。
- 漫才の構造としての「新しさ」や「実験性」への評価
- 台本の緻密さと、言葉選びのセンスの高さ
- 他のコンビにはない「独自の切り口」を貫いた姿勢
- 会場の空気に流されず、自分たちのスタイルを提示しきった技術
山内氏自身、非常に戦略的に笑いを構築するタイプであるため、ドンデコルテが仕掛けた「緻密な計算」に、芸人としての敬意を表したのかもしれません。
この「1票の重み」は、M-1という大会の健全性を示しているとも言えます。もし全員がたくろうに投じていれば、それはそれで「圧倒的」ではありますが、お笑いの多様性という観点からは少し寂しいものになったでしょう。
山内氏が異なる視点から評価を下したことで、視聴者側も「たくろうのような爆発力も素晴らしいが、ドンデコルテのような知的なアプローチもまた正解である」と再認識することができました。
審査員それぞれのバックボーンによって、評価の基準が微妙に異なる。
これこそがM-1の面白さであり、時に「票が割れる」原因にもなります。海原ともこ氏や中川礼二氏がたくろうの「漫才師としての体温」を評価した一方で、山内氏が「漫才のシステム」に目を向けた。この視点の交錯こそが、2025年の決勝をより深いものにしました。
山内氏の1票は、たくろうの優勝を揺るがすものではなく、むしろ「2025年のファイナリストたちは全員が王者に相応しいレベルに達していた」という事実を、逆説的に証明した象徴的な出来事だったと言えるでしょう。
M-1 2025を彩った「史上最高レベル」のファイナリストたち
たくろうの優勝、エバースの躍進、ドンデコルテの健闘。それ以外にも、2025年の大会を盛り上げたコンビは数多く存在しました。
例えば、4位に終わった真空ジェシカ。彼らは毎年独自の進化を遂げ、今年も「彼らにしか作れない世界観」で爆笑をさらいました。
惜しくも最終決戦には届きませんでしたが、審査員の点数が1点差の中にひしめき合う大混戦を演出したのは、間違いなく彼らの独創的なボケの数々でした。
今大会のファイナリストたちの特徴を、独自の分析で以下のリストにまとめました。
- 真空ジェシカ:唯一無二のナンセンスと、研ぎ澄まされた大喜利力の融合
- カナメストーン:敗者復活から駆け上がった勢いと、泥臭い「人間力」の爆発
- ママタルト:圧倒的な設定の強さと、巨漢を活かしたパワー漫才の完成形
- ヤーレンズ:昨年準優勝のプレッシャーを跳ね返す、さらに軽快な会話劇
このように、2025年の大会は「誰が勝ってもおかしくない」と言われるほどのハイレベルな戦いとなりました。
視聴者の中には「自分の推しが低く評価された」と不満を持つ方もいるかもしれませんが、それは決してその芸人が面白くなかったわけではありません。
むしろ、全組が面白すぎたために、審査員も「好みの微差」で判断を下さざるを得なかったというのが実情でしょう。
2025年のM-1は、技術の向上だけでなく、芸人それぞれの「生き様」がより強く反映されるようになった年でした。
笑いの形が多様化し、SNSでの反応も加味される中で、それでも「漫才の芯」を捉えたたくろうが頂点に立った。
その結果は、今後のお笑い界に新たな潮流を生み出すことになるはずです。レベルが高かったからこそ生まれた「票の割れ」と「議論」。それこそが、私たちがM-1に魅了され続ける最大の理由なのかもしれません。
2026年へ向けて。M-1は「技術の時代」から「物語の時代」へ
2025年の大会を振り返り、私たちが目撃したのは「漫才の進化」だけではありませんでした。それは「視聴者と芸人の繋がり」が、より深く、複雑になっていく過程でした。
かつてのような「シンプルなボケとツッコミの応酬」だけでは、もはやM-1の牙城を崩すことは難しくなっています。
たくろうの優勝が示したのは、確かな技術をベースにしながらも、そこに「どれだけ自分の魂を乗せられるか」という極めてアナログで熱い要素の重要性です。
これからのM-1で勝ち残るために必要とされる要素を、予測を含めてリストアップしてみます。
- 計算できない「人間味」のあるキャラクター作り
- 緻密な構成をあえて壊すような「ライブ感」の演出
- 審査員と視聴者の両方を納得させる「圧倒的な笑いの量」
- 敗者復活戦から続くドラマを味方につける「発信力」
近年、AI技術の発展やデジタルコンテンツの普及により、完璧な構成や論理的な笑いは、ある程度シミュレーション可能になりつつあります。
しかし、たくろうが見せたような「間」の取り方、赤木さんの震えるような声、きむらバンドさんの温かみのあるツッコミといった、人間的な揺らぎから生まれる笑いは、決して計算では作れません。
2025年の審査員たちが最後に選んだのは、そうした「人間臭さ」でした。
これは2026年以降のM-1を目指す芸人たちにとっても、大きな指針となるでしょう。技術を磨くのはもはや「当たり前」。その上で、自分たちがどのような人生を歩み、どのような物語を背負ってサンパチマイクの前に立つのか。その「物語の強度」こそが、次なる王者を決定づけるポイントになるはずです。
また、視聴者側も、単に「面白いか否か」だけでなく、芸人のバックボーンを知ることで、より深く漫才を楽しむ姿勢が強まっていくでしょう。
2025年の大会が残した「票の割れ」という宿題は、私たちが笑いに対して抱いている「多様な価値観」を問い直すきっかけとなりました。
まとめ
M-1グランプリ2025は、たくろうの劇的な優勝によって幕を閉じました。
ファーストラウンド1位のエバースが最終決戦で票を得られなかった衝撃、そして山内氏が示したドンデコルテへの独創的な評価。これらはすべて、2025年の漫才レベルが極めて高かったからこそ生じた現象です。
勝敗を分けたポイントは、技術を凌駕した「物語性と人間味」にありました。誰が勝ってもおかしくない大混戦だったからこそ、私たちの心には深い余韻が残っています。
2025年の王者たくろうの今後の活躍に期待するとともに、全ての漫才師たちが繰り広げた「笑いのドラマ」に最大限の拍手を送りたいと思います。

